「いい子」で依存症だった私   H.T.

私は、周囲から見れば、生まれた時から何不自由なく恵まれた環境で育ったと思います。
でも本当は、小さい時から親や親戚の期待を一身に受け、自分のためじゃなく誰かにコントロールされた人生を送っているという苦しさでいっぱいでした。

人前だけでなく、家族の前でも「いい子」でいることを自然に身に付け、そのうち親を喜ばせることこそ自分が生まれた目的だと思うようになりました。

両親の関係も良くなかったので、家族に笑ってほしくておどけたり、子供なのに親の相談相手になる、「アダルトチルドレン」でした。

思春期になると、表面は「いい子」でいなくてはいけない自分と、内面の、裏側の自分とのギャップに混乱して、誰にも知られないように悪いことをし出しました。

お酒やタバコに依存し、たくさんの異性と関係を持ち、常に恋人がいないと不安でした。

でも、どんなに裏で悪いことをしても「いい子」はやめられませんでした。

大人になるにつれ、「いい子」と裏の自分を使い分けることは当たり前になり、世の中こんなものだ。誰でも表と裏の顔がある。と、人を信用しなくなりました。

でも、結婚を期に夫がクリスチャンになったことで、私の人生は大きく変わりました。

彼に依存し、「彼には私がいないとダメだ。」と思うことで心を安定させていた私は、夫が何事もイエス・キリストに頼るようになり、自立して私を守ろうとし出すと、自分の存在意義が分からなくなりました。

私は人生で初めて取り乱し、泣いたり怒鳴ったりして彼の信仰に反対しました。

そんな時、私はイエス・キリストに出会いました。しきりに信仰を持つように勧めてくれる周囲の人を振り切りたくて、「これでダメだったらあきらめるだろう。」と思って行ったキャンプでの事でした。

あるセッションで、「私はお前がこれまでしてきたことを全て知っているよ。そして許しているよ。」「お前を愛しているよ。」と、イエス様が言っていると感じ、涙が止まりませんでした。一人で頑張っていると思っていたのに、ずっと側にいてくれたんだ。そして、こんな私のために十字架にかかってくれたんだ。これが神の愛なんだ。と知りました。

「いい子」でなくても愛されていい。ほんとの自分でいい。私は神様から、ただこの存在を喜ばれて生きているんだ。と解り、初めて誰かに「甘える」ことができるようになりました。

今は、イエス様を信用できるし、弱さを見せられます。必要以上に頑張らず、つくろわず、楽に生きています。もし神の愛を知らなかったら、一生「良い子」を演じて苦しんだと思います。



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