私は学生の頃,教会へ友達と遊びに行っていました。周りの友人達が救われて,キリストに結びつく中で,私はよく分からないまま,何となく20歳過ぎに洗礼を受けました。
そんな調子だったので,その後すぐに教会から離れ,結婚し,子供(娘二人)にも恵まれましたが,独身時代とは違った様々な人間関係の中で疲れ,また25歳過ぎても人を疑うということを知らなかった私でしたが,(今思うと本当に世間知らずでした)人間の裏側というものを次々と見てしまい,30歳過ぎた頃には極度な人間不信に陥り,家に引きこもっていると,今度はひどい孤独感にさいなまれ,うつ状態となり,心は真っ暗でした。
それでも生活のため,また家にいても心が苦しかったので,二人目の子供が生後6ケ月の頃からパートで昼間働き始め,(子供は可愛かったのですが)その頃から下の子の夜泣きが激しくはじまりました。昼も夜も眠れず夫に負担をかけてはいけないと,一人でがんばり続けていました。しかし,睡眠不足もあったせいか,心も身体も弱り果て,どうにかしなければと,占いやまじないに頼ったり,何種類かの宗教にも出たりはしましたが,心は晴れず,(紹介して頂いた人には大変申し訳ないのですが)夜泣きも続いていました。
それで今度はクリスチャンの昔の友人を頼りに,もう一度十数年ぶりに,恐る恐る教会の中へ入っていき,事情を説明し,多忙の中相談にのっていただいて,教会の牧師や信徒に祈ってもらいました。その夜から夜泣きがピタリとやみ,まだ神様を受け入れようとは思っていなかった私ですが,教会の神様,イエス様って本当に効き目が(?!)あるんだなー,とびっくりしてしまいました。(後で分かったことですが,神様の御心にかなった祈りはすべて聞かれるんだという事を知りました)
人も自分も信じないという病気にかかっていた私でしたが,教会へ行くと優しい人がいっぱいいて,安心しました。
何度か礼拝に行くうちに,礼拝のメッセージの中で「私の目には,あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している。」イザヤ書43章4節という,今まで誰からも聞かされたことがない,その聖書の御言葉を聞いた時,凍えきっていた心に光が差し込み,神様からの慰め,励ましを感じ,「あなた」というのは「私」であり,全人類の事であり,どんな罪人も,イエス様を信じている人も,信じていない人も愛しておられる事を知り,その言葉は,神様が語られたんだと信じ受け入れた時,今までに味わった事のない,心の中に深い喜びを感じ,「自分は必要のない,ガラクタな人間だ。」と思い続けてきましたが,「神様は,ありのままの自分を愛し,受け入れてくれる。永遠に愛してくれる。」そう信じたら自分を受け入れる事もできるようになり,落ち込んでも,すぐに立ち直る事ができるようになりました。
パニック障害(突然目まいや,心臓が苦しくなり,息苦しくて,いてもたってもいられない状態)も,「イエス様の御名には力がある。大丈夫。」と心で信じるとおさまり,最近はもうありません。
「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心していきなさい。」ルカ8章48節
そして,イエス様が私の罪のために十字架にかかってくださった事を信じ,今までの罪を悔い改めました。私の全ての罪は赦されて,心が軽くなりました。(不思議ですよね)それにより,人生どんな状態からでもやり直しができるんだとわかり,心に生きていく勇気がわいてきました。さらに私が救われてから,約1年後に上の娘が中学に入る頃(今高校生ですが)イエスキリストを救い主と信じ,告白し,救われたのです。
学生の頃,イエス様の愛に気がつかないままであったのにもかかわらず,当時忍耐強く,聖書のメッセージを語ってくださった牧師の方々や,青年キャンプのスタッフや,教会の皆様,友人達・・・大変お世話になり,心より感謝申し上げます。